監修:楊 紅娜(中医学講師)
楊紅娜先生のBeauty & Relax Vol.25
西洋医学の祖といわれるヒポクラテスのように、中医学にもその礎を築いたとされる人々がいます。中でもよく知られるのが、唐代の医師・孫思邈(そん しばく)。140歳を超えて生きたといわれる氏の養生法は、読み解いてみれば現代にも通じるものばかり。今回は、その中から中医学のメンタルケアの基礎となった考え方についてご紹介します。
求めたのは“不老長寿”。元気に長生きした孫思邈
孫思邈は唐代の医師であり、また道士(道教を修めた人。道教とは中国三大宗教〔儒教、仏教、道教〕の一つ)でもある人物。生涯を医学の研究に捧げ、特に薬学に精通していたことから“薬王”とも称されました。著書である『千金要方』(全30巻の医学書)は、この時代にあってすでに内科、外科、婦人科といった近代臨床医学の分類で記され、“中国史上初の臨床医学百科全集”ともいわれています。
また、孫思邈は道教のほか、仏教、儒教にも精通。それぞれの思想を中医学に取り入れることで、中医養生学の発展・確立に大きく貢献したと伝えられています。
一方、道教は“不老長寿”を理想とする宗教で、孫思邈はその追求のために医学を研究したという側面もありました。そのため、日常生活でも自身の説く“健康にいいこと”を徹底して実践し、なんと141歳まで生きたという説も。年齢の真偽はともかく、健康に長寿を全うした氏の養生法はとても本質的なもので、現代の中医学にしっかりと受け継がれています。
養生第一。中医学のメンタルケアは道教の教えから
中医学で最も重視するのは、“病気を未然に防ぐ”こと。そのためには日々の養生が何より大切で、「心身一如」(こころと体は一つ)の言葉の通り、体はもちろん、こころも健やかに保つことが必要と考えます。これがメンタルケアの基礎となる考え方で、中医学のバイブル『黄帝内経』には次のように記されています。
“恬憺虚無、真気従之、精神内守、病安従来”
貪欲にならず、妄想もせず、心は安らかで静かにあるべきもの。そうすれば自然と「気」(エネルギー)が満ちて生命力が充実し、健やかな精神が内を守り、病気が入り込む余地はなくなる。
この精神養生の思想は、道教の教え「清静無為」に由来するもの。道教では、心静かに、何事も自然にまかせることを善しと説いています。
孫思邈が説くこころのケア「養性」の基本
“不老長寿”を理想とする道教では、「修身養性」(心身の養生)を重視しています。
・修身(体の養生):食養生、生活習慣の改善、運動習慣など
・養性(精神の養生):清静無為(心静かに、何事も自然にまかせる)
孫思邈が医学書『千金要方』で説いているのは、この基本をもとにしたメンタルケア(養性)です。
<養性(ようせい)の根本>
養性する人は学んで自分を変えようとするが、「性」(生まれ持った精神)は本来善良なもので、学ばなくても何の問題もない。本来の精神であれば、病気にかかることはなく、災難に遭うこともない。これこそ養性の根本で、さまざまな養性法は全てこの根本から生じている。
<養生の五難:メンタルケアの妨げになる5つのこと>
[一難]名声や利益に執着すること
[二難]喜怒の感情が過度になり、抑えられないこと
[三難]歓楽を好み、色欲に溺れること
[四難]美食を求め続けること
[五難]心神を傷つけ、精気を消耗すること
<養生の十要点:心身を養生する上で大切な10のこと>
1. 精神を消耗しすぎないように
2. 気を大切に(体内の気を整える)
3. 身体を十分に養う
4. 運動をする
5. 言葉に注意する(言い過ぎない、人の悪口を言わない)
6. 食生活を整える
7. 性生活はほどほどに
8. 欲深くならない(求めすぎない)
9. 必要に応じた医療を受ける
10. 決められたルールを守る
孫思邈はこの「五難」を避け、「十要点」に留意する生活を徹底することで、健康に長生きしたと伝えられています。
「十二少・十二多」。メンタルに影響する12の感情と行動
孫思邈は、メンタルケアにおいて“少ない方がベターで、多いと精神トラブルを招く”と考えられる12の感情や行動があると説いています。
メンタルを健やかに保つためには、上記の“十二少”が推奨され、逆にそれらの感情や行動が多過ぎると、次のような精神不調を招くようになるとされています(十二多)。
<“十二多”が招く精神トラブル>
1. 多思:考えすぎると精神が疲れる
2. 多念:念じすぎると意志が乱れる
3. 多欲:欲深くなると心を失う
4. 多事:働きすぎると心身が疲れる
5. 多語:しゃべりすぎると気を消耗し、精神が疲れる
6. 多笑:笑いすぎると臓腑が傷つき、精神に影響する
7. 多愁:長く憂いに沈むと心が抑えられ、ほかのことが見えなくなる
8. 多楽:楽をしすぎると自信過剰になる
9. 多喜:喜びすぎると心が狂う
10. 多怒:怒りすぎると気・血の流れが乱れる
11. 多好:嗜好(ギャンブルなど)が多すぎると執着が強くなる
12. 多悪:憎しみが多いと心身が憔悴し、歓びがなくなる
この養生原則が記されたのは古代中国・唐代のことですが、現代に照らしても“そうそう!”と納得することばかり。考えすぎたり、なにかと不満を感じたり、欲を出しすぎたり……。日常生活ではついそんな感情が多くなりがちなので、こころの不調を感じたら、ぜひ「十二少」を思い出してみてください!
この記事を監修された先生
中医学講師楊 紅娜
楊紅娜(よう こうな)中医学講師。 登録販売者。鍼灸師。 2006年遼寧中医薬大学修士号取得。 2006年~2016年、大連市にて精神科臨床医として10年間勤務。 「中国摂食障害の防治指南」の編集委員担当。 2016年来日。日本にて登録販売者、鍼灸師取得。