監修:楊 紅娜(中医学講師)
楊紅娜先生のBeauty & Relax Vol.23
中医学の基本は「心身一如」(こころと体は一つ)。体の不調を整えることはもちろん、実はメンタルケアも得意分野です。ストレスフルな現代社会では、日々イライラしたり落ち込んだりといったことも多いもの。こころを健やかに保つことは体の健康にもつながるので、日々のケアで積極的にメンタルを整えましょう。
こころのトラブル対策は数千年前から
“こころと体はつながっている”とする「心身一如(しんしんいちにょ)」の考え方は、中医学の基本。こころの不調は体に、体の不調はこころに影響し、それぞれバランスを取ることで心身の健康が保たれると考えます。そのため、体の不調だけでなく、精神的なトラブルに対しても数千年前から治療が行われているのです。
中医学の治療法は、主に「薬物療法」、「鍼灸治療」、「推拿(すいな)」(手技療法)、「意療(いりょう)」(情志療法)の4つ。この中でメンタルケアにあたるのが情志療法で、五行説の五志(怒・喜・思・悲・恐)の関係などをもとに、こころの不調を改善していきます。
「基礎編」の今回は、情志療法の考え方や成り立ちなど、その概要についてお話します。中医学のケアは、日々の暮らしに根付いた身近なもの。基本がわかれば自分に合った方法で日常生活に取り入れられるので、ぜひ参考にしてみてください。
中医学のメンタルケア「情志療法」
情志療法は「心病還需心薬医」という考え方を基本としています。「心病」はメンタル不調、「心薬」は不調の要因を取り除く方法で、次のような意味を表します。
<心病還需心薬医>
・こころが傷ついたときは、その原因を特定して対処する
・精神的な不調は、引き起こす要因を取り除く必要がある
この考え方に基づいた療法が「以情勝情(いじょうしょうじょう)」「勧説開導(かんせつかいどう)」「移情易性(いじょういせい)」「暗示解惑(あんじかいわく)」「順情従欲(じゅんじょうじゅうよく)」の5つ。精神不調にはそれぞれ異なる原因や症状があるため、これらの療法から一人一人に合わせた適切な対処をしていきます。
<5つの療法>
● 以情勝情
五行説に基づく感情のコントロール(怒勝思、喜勝悲、思勝恐、悲勝怒、恐勝喜)
● 勧説開導
話を聞いてこころの悩みを理解し、改善に導くカウンセリング(解釈、励まし、慰め、教育、説得など)
● 移情易性
精神不調やその要因に集中している注意や感情を、ほかに転移させる
● 暗示解惑
良い状態をイメージさせ、改善に導く
● 順情従欲
欲望を満たし、充足感を得る
感情には勝ち負けがある!? 五行に基づく「以情勝情」
中医学の基本となっている「五行説」は、“万物は概ね5つの性質「木・火・土・金・水」に分けられ、それらが互いに影響し合って成り立っている”という考え方。5つの要素は、それぞれ「相生(そうせい)」(相手を助ける)、「相克(そうこく)」(相手を抑える)関係にあります。人の感情も「怒・喜・思・悲・恐」の五つに分けられ、その相克関係を活かした療法が「以情勝情」です。
例えば、「喜び」は「悲しみ」を克(こく)する(抑える、負かす)関係。そのため、悲しみに沈んでいるときになにか喜びが見つかれば、喜びの感情が勝って悲しみが和らぐ、ということです。自分の感情はなかなか思い通りにならないものですが、この法則を知っていれば気持ちをコントロールする手助けになるかもしれません。メンタル不調を感じやすい人は、ぜひ頭の片隅に入れておいてください。
〜主な感情の関係〜
怒勝思:怒りは、物思い(憂い)に勝つ
喜勝悲:喜びは、悲しみに勝つ
思勝恐:物思いは、恐れに勝つ
悲勝怒:悲しみは、怒りに勝つ
恐勝喜:恐れは、喜びに勝つ
病を癒す「祝由」は、情志療法のルーツ
医療の原点ともいえる「祝由(しゅくゆ)」は、紀元前4000年頃を起源とする病を癒す方法。病が天から降りてくると信じられていた時代に、回復を神に祈り、おはらいなどをすることで病気に対処しました。祝由を行うのは、人を癒すとされる「巫術師(ふじゅつし)」。この時代は“巫医同体”とされ、巫術師は病気を癒す医師でもありました。
巫術師は霊や魂とも交流できることから、故人の声を患者に届けることも治療の一環として行われたそう。亡くなった家族や友人の言葉を伝え、気持ちを落ち着かせたり励ましたりすることで、患者が病気と向き合う自信や強さを引き出したと考えられています。
長い歴史の中で、祝由は少しずつ形を変えながら、隋や唐の時代の医療制度にも組み込まれていきました。その療法は特に精神面で力を発揮することから、「情志療法」や「気功」などの形で現代の中医学にも受け継がれています。
ちなみに日本でも、古くは巫女や陰陽師、僧侶などによる病気平癒の祈祷が盛んに行われました。病気が未知のものだった時代、神仏に祈り回復を願う療法は、多くの国々に共通するものだったのかもしれません。
参考:日本医史学雑誌第47巻第3号(2001)
次回「症例編」では、情志療法のさまざまな具体例をご紹介します。メンタル不調をテーマとした古典物語のエピソードも興味深いので、ぜひご一読ください。
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この記事を監修された先生
中医学講師楊 紅娜
楊紅娜(よう こうな)中医学講師。 登録販売者。鍼灸師。 2006年遼寧中医薬大学修士号取得。 2006年~2016年、大連市にて精神科臨床医として10年間勤務。 「中国摂食障害の防治指南」の編集委員担当。 2016年来日。日本にて登録販売者、鍼灸師取得。