歴史と伝統をいかに受け継いでいくか - 漢方・中医学の情報サイト|COCOKARA中医学

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歴史と伝統をいかに受け継いでいくか

2016.12.09 UPDATE

SPECIALインタビュー:老中医 路志正先生

路志正先生は御年96歳の中国を代表する名老中医です。中国では中医学(民族医学も含む)の発展に貢献をした人へ中医学分野の中で最高位とされる「国医大師」の称号を授与しています。路志正先生は2009年に初めての授与者30名のうちの一人として選出されました。今回、路先生を訪問したのは2016年10月末のこと。北京市内のとある茶楼の一室でお話を伺いました。中医学の本場である中国では、西洋医学とおなじように中医学で診療する病院も多くあり、中医学に求められることは多いように感じます。このような環境において、中医学がどのように継承されているのかを中心にお伺いしました。
路志正先生プロフィール:
1920年12月生まれ。中国科学院主任医師。1939年より医療活動に従事。全国老中医薬専門家学術経験継承工作指導者、首都国医名師、国家級非物質文化遺産・伝統医薬分野の代表的継承者。
2009年、中国人力資源社会保証部・衛生部・中国国家中医薬管理局より、「国医大師」の称号が授与された。

週に一度の病院での診察では、たくさんの弟子が見学し診察の様子などを路先生から受け継いでいます。診察の模様はビデオ撮影とデータ入力が行われ、伝統が現場で保存されていきます

継承とは、例えていうなら駅伝でタスキをつないでいくこと

―― 西洋医学が主流となっている現在の社会環境の中で、中医学を継承していく立場から中医学継承の問題点をどのように捉えていらっしゃいますか。
これは実に大きな問題であり、今の中国でも多く議論されている問題です。昔から「薪火相伝」と言われているように、継承とは一代、そしてまた一代と伝統を引き継いでいくもの。例えるなら駅伝のランナーがタスキを一人、またひとりと繋いでいくイメージでしょうか。継承には重要なポイントがいくつかあるのです。
まず、一つ目として挙げられるのは、「一陰一陽は道である」ということ。これは、人間の正気は自然界や気候環境から影響を受けているということで、『陰陽五行説』や『黄帝内経』の中にある一説です。
例えば、陰陽の変化など中医学の学習においては、まずは基礎理論を重視すべきであり、理論を臨床に応用していきます。基礎理論や診断学といった学科でも理論がとても重要なのです。婦人科(産婦人科)、小児科、鍼灸科など各科それぞれ特徴がありますが、現在の問題点は分科が細かすぎることにあると感じています。基礎さえしっかりと勉強し、基本の能力を備えていれば、どの科においても応用できるのです。コツといったものはありませんが敢えて言うなら暗記が基本で、『黄帝内経』や『傷寒論』などの古典を学び、脈や舌診などの経験を積む。診察の際には、陰陽五行説など基礎理論を応用し、体質を見極める際には三因制宜(さんいんせいぎ)※がとても重要です。
今は昔と違って中国も豊かになり、疾病も変わってきています。特に飽食などから、高血圧、高脂血症、高血糖などが増え、痰湿傾向や消化器系の疾病や糖尿病などが多く見られます。
※三因制宜(さんいんせいぎ):患者の体質を見極める際に、季節、住んでいる土地の気候風土、性別、年齢、体格などを考慮すること。
伝統を継承していく上で大切なことの二つ目には、師匠に付いて学ぶこと。まず、一人の先生に付いて、弁証処方の経験を学ぶことです。弁証とは、表裏、寒熱虚実、外感内傷を整理して、処方を組み立てていくこと。診察の順番は外感の次に内傷、標本緩急。例えば喘息の場合は、まず標(表に現れている症状)に対応してから、本(原因となっている要素)の順番です。
また、使う生薬についても学ばなければなりません。生薬がいつ採集されたものなのか、どのように炮製(生薬として使用できるようにするための加工処理のこと)するのかなど。生薬は天空のものから水の中のものまでさまざまなものを使用します。動物の化石化した骨や石なども使用することがあります。
伝統を引き継ぐための三つ目の要素としては、何よりも学習が大切ということ。受け入れる器をしっかり磨いておく必要があります。そのためには、中医学に関連する書籍をよく読み、常に学習を心がけてください。
ひと昔前は、中医学の医師は全科に対応できる医師でした。内科、外科、婦人科、小児科などのあらゆる病を診てきました。弁証で知恵を生んできたのです。全科の基礎が大切です。各科ごとの疾病について知識を持つことが必要です。しかし、短期間では到底なし得ません。これは長期的な学習の積み重ねが必要ということです。

路先生は今年で96歳になりますが、今も週に一度は病院で診察をされています。先生は今もなお臨床の場で研鑽されているのです

―― 路先生は今年の誕生日で満96歳を迎えられますが、今でも診察をされたり、学会で発表されたり、国家の医学関連の政策に助言をされたりと、ますます活躍されていらっしゃいます。そのエネルギーを支えているものはいったい何でしょうか。
私は、幼い頃から中医師であった伯父のもとで中医学に触れて育ちました。疑うことなく伝統医学である中医学の道へ進みました。十代半ばで中医学の学校へ進学し、中医師の資格試験に合格し、以来、中医学の臨床現場に身を置いています。私と中医学は一心同体と言ってもよいくらいとても深い関係にあるのです。
患者さんを診ることや学生に教えることも日常の中にあります。私を待っている患者さんがいること、患者さんから感謝の言葉をいただいたりすること、そして博士号を取得してもなお私のもとに通ってくれる後継者たちの存在など、そういったことすべてが私の原動力となっているのです。
確かに、歳はとりましたが、私が中医学を通して貢献できることがあるのですから、今後も継続していきたいと思っています。今は、これまでの臨床経験を書籍にまとめるべく編纂と執筆も行っています。

名老中医の診察フロアには、早朝から順番待ちの患者さんが並んでいます。中国では、伝統医学である中医学の診察は人々に信頼され広く受け入れられています

取材後記

取材後、路先生と一緒に食事をしました。その席で、9月末に北京市郊外にある万里の長城へ「自分の足で登った」と、御子息の路京華先生と一緒に撮影された写真を見せていただきました。健脚を保たれていることにとても驚きました。また、毎日、就寝前には櫛で髪を10分くらい梳いて、頭皮を刺激されていることもお話しくださいました。なんでも、中医学の古典に養生法として記載されているということでした。食事もさまざまな食材をまんべんなく召し上がっておられ、豚の角煮の分厚い脂身も口にされていました。普段ならカロリーを気にして残してしまうところですが、健康で長寿の先生が食べるならと私も真似をして豚の脂身を食べたところ、「脂身も体には必要ですよ」と静かにおっしゃったことが印象に残っています。
(インタビュー:編集スタッフ 小嶋玉江)

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